「アンネの日記」改めて平和な世界の素晴らしさを感じます
- 公開日
- 2014/03/02
- 更新日
- 2014/03/02
校長室から
ドイツ生まれのユダヤ人アンネ・フランクさん一家はドイツナチスの迫害から逃れるため、故国ドイツを離れてオランダのアムステルダムへ亡命しました。
しかし、第二次世界大戦中、オランダがドイツ軍に占領されると、オランダでもユダヤ人狩りが行われました。、アムステルダムの隠れ家で潜行生活に入ることを余儀なくされたアンネ・フランク一家です。ここでの生活の時、父オットーからの誕生日プレゼントでサイン帳を贈られました。表紙全体に赤と白のチェック模様が入っている女の子らしいサイン帳だったそうです。アンネはこのサイン帳を日記帳として使用することにしたのです。それが後世に『アンネの日記』として世界的に知られることになるのです。
アンネが15歳の時、密告からでしょうかゲシュタポに隠れ家を発見され、ナチス強制収容所へと移送されてしまうのです。同収容所の不衛生な環境に耐えぬくことはできず、チフスを罹患して15歳にして命を落としてしまうのです。ドイツ軍に捕まり、大好きだった父と別れ、やがて母とも別れ、静かに息を引き取っていく彼女の末期は調べていても悲しくなりました。改めて平和な世界のすばらしさに気付きます。
さて、今、日本でこのアンネの日記の本が破られ問題になっていますが、イスラエルから本の提供がありました。何故にイスラエルからでしょうか。調べてみるのもいいかもしれませんね。
※写真はアンネが隠れていたアパートです。

