学校日記

延長18回 三沢高校 太田孝司選手が思い出されます

公開日
2014/03/29
更新日
2014/03/29

校長室から

甲子園、春の選抜大会、本日の広島新庄高校対桐生第一高校1対1で15回規定により引き分け再試合となりました。試合は随所に好プレーがあり高校野球フアンには大満足の試合でした。これで思い出した試合がありました。


1969年8月18日、愛媛県の松山商業と青森県の三沢高校による第51回全国高等学校野球選手権大会の決勝戦です。延長18回0対0で決勝戦初の引き分け再試合となったのです。この試合はしっかり覚えています。

速球派の太田幸司と制球力重視の井上明の投げ合いとなるのです。この太田孝司投手はハーフと言うこともあり(お父さんがアメリカ人で3歳のとき三沢基地の軍属をしていた日本人男性と白系ロシア人女性の夫妻の養子となり一人っ子として育てられる)日本人離れしたハンサムさで当時の女性フアンを魅力します。野球アイドルの第1号とされた人でした。もの静かなどこか陰のある選手、太田孝司選手に日本中が沸いたものでした。(大変な幼い頃を歩んだことも同情をかったかもしれません。それが物静かな陰のある選手というイメージにつながったかもしれません)

太田孝司投手はその後、プロ選手となり、解説者などでも活躍されます。宝塚歌劇団に娘役で所属する女優・妃純 凛(ひすみ りん)の実父でもあるのです。