学校日記

朝会より 【カゼノミヤ響き:高橋先生、ありがとうございました】

公開日
2015/12/14
更新日
2015/12/14

校長室から

「打って出よう」「宮田中学校、みんなで打って出よう」「頑張っている姿を知ってもらおう」昨年度、第一段は体育大会での「えっさっさ」でした。それから研究発表で君たちの授業を観て頂き、これも高い評価を得ることが出来ました。

多くのみなさんの努力もあり、多くの部活で参加した県駅伝女子5位、男子9位の成績まで伸ばしてきました。学習成績も3年生を中心にどーんと上がってきました。家庭学習の基礎学習の提出率が100%というのは驚きます。本当によく頑張っていると思います。

さて、そんな中で先生はひとつの決断をしました。それはカゼノミヤ響に終止符を打つことです。練習に多くの時間を使い、昼放課などを充ててやってきました。時には小学校との合同練習で日曜日の昼から練習に出ることもありました。さすがに時間的には限界のところで頑張ってきたと思います。顧問の先生も部活とカゼノミヤでは、限界だったと思います。そこで今なら終止符を打つことが出来ると思ったのです。少し、このカゼノミヤ響の歴史を紹介します。

9年前の平成18年、当時、数校の中学校と警察署との連携が始まりました。荒れる生徒の多い時期で、愛知県としての取り組みで始まったものです。本校に真っ先に白羽の矢が立ったのは言うまでもありません。

その具体的な連携の中で、ソーラン踊りというのがありました。当時、北海道稚内市の荒れる中学校で、民謡であるソーラン節をアップテンポにアレンジした曲をみんなで踊り、その取り組みの中で学校が再生していったことが日本中に広まり、やがては映画「ソーランの歌が聞こえる」やテレビドラマ3年B組金八先生でも、「南中ソーラン」を文化祭で発表する設定で取り上げられました。ソーランの曲がアップテンポであることと服装が族ぽいのは心配な生徒が参加しやすいことをねらってとのこととわかると思います。

よさこいソーランの提案が本校に警察から持ち込まれました。当時、丁度よさこいを体験してみえた高橋征吾先生が宮中に赴任されました。高橋先生は生徒指導部と一緒になり取り組まれ生徒達とカゼノミヤ響を立ち上げられたのです。

高橋先生からみなさんにメッセージが届いていますので紹介します。

今、私は名古屋の聾学校に勤めています。校長先生から私を探していると聞き、驚きました。私は2年間で宮中を投げ出したような形で出てしまったことに、今でも申し訳ないという気持ちで一杯です。私が宮中に赴任した時、本当に自分がここでやっていけるのだろうかと不安な日々を送っていました。その時、このよさこいソーランの話を聞き、生徒と一緒に取り組むこととなりました。そこで自分の居場所を見つけ、私自身も助けられた記憶があります。

当初のねらいは自分に自信が無く、周りに合わせて動いてしまい、時には家の人を悩ますようなことをしてしまう人に、一緒に踊って頂き、地域に認められる人となって、自分に自信がもてる人となっていただこうと願ったのです。

この集団の名前を決める時も生徒達は必死にやってくれました。カゼノミヤ響きとは「さわやかな宮田中の「風」を地域に届け、多くの人々の心に「響く」踊りを見てもらおうという願いから命名されました。踊りの練習もスタートしました。でも肝心な踊ってほしい生徒は遠くから冷ややかに見ているだけでした。それでも、当時、生徒指導をしてみえた河合荘太朗先生と「頑張ってくれる子たちから始めよう」とスタートしたものです。


それからもう何年も経っているのに、他地区では続いているところもほとんど無いと聞いていますが、宮田中学校ではまだ踊り続けていてくれたことに驚きと嬉しさを感じずにはいられません。本当にありがとうございます。
今まで多くの生徒がこのカゼノミヤ響きに入り踊ってきたわけですが、踊りを通して多くの人と出会い、関わりをもち、人とのつながりの大切さがわかる人になっていただけたのではないでしょうか。遠くから、宮田中学校の益々の発展を祈っています。

今日は今までの活動を賞し、子ほめ活動「善行賞」を市から頂けるということでわざわざ、澤田市長さん、石井教育長さんをはじめ多くの方々が来られ、後ほど感謝状を頂けるそうです。

それではそんな歴史の中で今まで続いてきた響きの南中ソーランを1分間だけですが観て下さい。そしてその後、表彰に移りたいと思います。