『母ちゃんに会いたい』 涙無しでは観られなかったです
- 公開日
- 2017/01/30
- 更新日
- 2017/01/30
校長室から
昨日、何気なしにテレビを観ていたなら『母ちゃんに会いたい』という番組が流れていました。元気そうな娘さん、いつかは大きくのし上がってやろうと必死にライブで歌う姿は思わず応援したくなりました。そんな彼女にも悲しい過去がありました。
6歳で母さんと離別、お父さんの一人で育てられるのです。お父さんがつくる夕食などに感謝の言葉を言ってみえました。お父さんの愛情たっぷりに育った彼女ですが、埋めきれない部分も多くあったようです。辛かったのは「学校で母に日にお母さんに手紙を書きましょう」という授業があったこととか、お母さんの顔を描きましょうという図工の時間だったそうで、セーラームーンの顔を描いたと言ってみえました。彼女にとって母親の顔さえ思い出せない存在だったのです。(こんな授業やるか・・・。)
「母に会いたい」と父親に申し出たとき、父親に「相手の家庭に迷惑でなければ」と許してもらうのです。一人で関西の母親の家を訪ねるのですが、家まで来ると新築の家があり、幸せそうに暮らす母親を想像して、ドアをたたくこともできませんでした。
『一目でいいから母親を見たい。見るだけでいいから・・・、私の母さんを』彼女の強い気持ちでした。
数日して、TV局の方の計らいで公園で母親と会うことになるのです。合った瞬間、彼女には母親とわかったようで胸に飛び込んでいきました。お母さんに言った最初の言葉は「ごめんなさい」でした。きっと、幸せな家庭を壊させたくない彼女の気持ちや、父さんから言われていたことから出てきたと思います。お母さんも泣いてみえました。
驚くことがありました。小学校の時、彼女が母さん宛に書いた、「一人で、何でもできるようになったから」という手紙を今でも大切にしてみえたのです。大事に大事に、もってみえたのです。それと、お母さんは娘さんのライブ活動をしていることを知っていて、そっと二度も観に行ってみえたのです。
どんなに別れていてもお腹を痛めて産んだ子、一生懸命母乳を与えて必死に育てた子は決して忘れないものです。両親の離婚によって、悲しい人生を送った彼女、それにより、よりたくましく、立派に成長していった彼女ですが、涙無しでは観られないものでした。この涙は何だろう・・・。何に感動して、何に対し淋しさ、悲しさが沸くのか、番組後でも考えさせられるものでした。
せめて最後はライブ姿で番組を終わらせて頂きたかったです。元気な彼女の姿で・・・。