道標と馬頭観音
- 公開日
- 2015/10/21
- 更新日
- 2018/04/24
布袋の歴史
昨日、小折東の馬頭観音を
小折の五叉路は。かつての交通の要所です。
東西は犬山・一宮を結び、南北は南は名古屋からの岩倉街道、北は扶桑を経て犬山へ向かいます。
その五叉路にあった道標が、やや東へ入ったところに移動していました。
残されていたのです。
「左 一のみや 右 いぬやま」と書かれています。
そして、その隣には、馬頭観音も安置されていました。(中央)
頭上に馬が見られます。
馬頭観音は、観音菩薩の変化身の1つで、街道沿いに多く見られます。
馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなり、馬が急死した道端などに多く祀られました。
日本人にとって、馬は家族、あるいはそれ以上の存在だったのです。
ちなみに、競馬場にも馬頭観音は見られます。