第69回 卒業式 校長式辞
- 公開日
- 2016/03/19
- 更新日
- 2016/03/19
校長日記
第69回卒業式の式辞原稿を紹介します。
(実際には、アドリブも入りますので若干異なります。)
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式 辞
南の風も暖かさを増し、校庭のソメイヨシノもいよいよ開花を迎える今日のこの佳き日に、本校第六十九回卒業生として、巣立ちの喜びを迎えられた百二十名の皆さん、卒業おめでとう。
また、本日の卒業式にご臨席賜り、ご光彩を添えていただきました江南市長様はじめ、ご来賓の皆様には、高いところからではございますが厚く御礼申し上げます。
保護者の皆様方、お子様のご卒業おめでとうございます。こうして立派に成長された姿を前にして、今、様々な思い出が心に浮かんでいることと存じます。
さて、卒業生の皆さん。
皆さんは、この六年間、勉強や運動にはげみ、心と体を鍛えてきました。特に、皆さんと出会ってからのこの一年は、皆さんの活躍から多くの感動をもらいました。
力と技で会場一杯の拍手と歓声を浴びた運動会、心を一つにして演じたほてっこ発表会、下級生を思いやり、最上級生としての自覚をもって活動した委員会や登下校、どの場面をとっても、まじめに、精一杯取り組んだ姿が目に浮かんできます。皆さんの成長に、心から賞賛の拍手を送りたいと思います。
さて、これから、新しい世界に旅立つ皆さんに、私が尊敬するベートヴェンのお話をして、はなむけの言葉にしたいと思います。
みなさんもきっと聴いたことがある彼の交響曲第九番第四楽章の一部を、バーンスタインの指揮 ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏で少しだけ聴いてください。
( 交響曲 第九番「第四楽章」ON 40秒後に )
ベートーヴェンは、三十歳頃から耳が聞こえなくなります。
作曲家で、耳が聞こえないのは致命的です。
彼はたいへん苦しみました。絶望にうちひしがれ、二人の弟に遺書(遺言)まで残しています。しかし、その遺書とは、それまでの弱い自分から脱するための遺書であったと、私は思っています。
なぜなら、彼はそれ以後、まるで生まれ変わったかのように、精力的に、英雄、運命、田園とよばれる交響曲など、多くの傑作を、次々と作っていきます。
この第九番を作った頃の彼は五十三歳。耳は全く聞こえません。数々の苦しみを乗り越えた末にたどり着いた気持ちを、この喜びの歌で表したのでした。
( 交響曲 第九番「第四楽章」 OFF )
( 下左の写真を掲げて )
十二月の人権講演会でお話を伺った杉浦誠司さんは、いじめられて苦しかった頃に、もう一回だけ努力してみよう、もう一日だけがんばってみようとして、ついにいじめの壁を乗り越えました。そして、その経験を世に伝えようとして、文字職人を始められました。
( 下右の写真を掲げて )
一月の学校保健安全委員会でお話を伺った佐藤逸代さんは、最愛のお嬢さんを交通事故で亡くされました。その時の地獄の苦しみを乗り越えるために、人々に、遺族の苦しみを知ってもらおうと、そして、命の大切さを訴えようと、交通事故被害者遺族の会を作り、講演活動を始められました。
みなさんは、これまで愛されて育ち、何不自由なく暮らしてきた人がほとんどではないでしょうか。しかし、これからは、おそらく楽なことばかりではありません。時には、つまずくこともあるでしょう。
つまずくことは、残念なことではありますが、悪いことだとは思いません。昨日の修了式でも話しましたが、人はつらい時にこそ、しっかりと根を伸ばそうとしているのです。つまづくことではなく、そこから、立ち直ろうとしないことがいけないのです。
もしつらいことに出会ったら、ベートーヴェンが自ら生まれ変わったように、杉浦さんや佐藤さんが新しい何かを求めて行動したように、明日を信じて、自分の頭で考え、自分の足で歩き出してください。きっと、太くて長い根が伸びて、立派な花を咲かせることができるでしょう。
最後になりましたが、今日家へ帰ったら、ぜひ家族の人に感謝の気持ちを伝えてください。小さい頃から、ひたすら君たちの成長を願い、今日の日を心待ちにしてこられました。心をこめて「ありがとう」を言ってほしいと思います。
笑顔と活力に満ちたみなさんの明日に、幸多かれと祈り、式辞といたします。
平成二十八年三月十八日
江南市立布袋小学校長
土 井 謙 次