吉備池廃寺
- 公開日
- 2018/05/13
- 更新日
- 2018/05/13
校長日記
昨日、吉備池廃寺 を紹介しました。
これはとても重要な発見です。
法隆寺式伽藍配置 はご存じですか?
塔を西、金堂を東に配置し、回廊で囲まれている配置で、かつては法隆寺独特のものと考えられていました。
しかし、吉備池廃寺の発掘が進むと、法隆寺式伽藍配置で、はるかに大きなスケールの寺であったことがわかってきました。
しかも、九重塔です。
上の図は同じ縮尺で表したものです。その大きさがわかります。
※ 画像出典は、週刊「日本の名寺をゆく 法隆寺」(朝日ビジュアルシリーズ)
法隆寺は、聖徳太子の創建時(若草伽藍)は別の配置(四天王寺式伽藍配置)でした。
一度消失し、再建寺(643年頃か670年頃)に吉備池廃寺の形式を真似たものと考えられるのです。
これまでの歴史の通説が変わってくるのです。
吉備池廃寺は、その大きさから、『日本書紀』に書かれている百済大寺 ではないかと考えられています。
下の記事は、産経新聞の今年3月3日の記事です。
吸谷廃寺跡は、法隆寺式伽藍配置であることがわかってきました。
歴史は、新しい発見があると変わっていくのです。