学校日記

ふじさとの歩みシリーズ39〜昭和50年度(1975)たこあげ・給食・掃除〜

公開日
2017/03/11
更新日
2017/03/11

ふじさとの歩みシリーズ

 このころの給食は、藤里小学校で作られていました。現在のコンテナ室です。当時は、5名ほどの調理員さんが1500〜2000食の給食を作っていました。ですから、3時間目くらいから、給食のいいにおいが漂ってきたそうです。また、現在は主食がほとんど米飯ですが、当時は、ほとんどパンでした。食器も銀色で、先割れスプーンを使っていました。
 児童の配膳の様子は現在とほとんど変わらないようです。一学級あたり40〜45人ですから、配膳だけでもたいへんな時間がかかりますし、できたてのものがすぐに配膳されるのでとても熱く、慎重に配っていました。

<昭和50年の流行語>
・アンタあの娘のなんなのさ
・オヨヨ   ・乱塾