【校長日記】 百人一首
- 公開日
- 2017/01/08
- 更新日
- 2017/01/08
校長日記
今日の中日新聞サンデー版は六歌仙 。
六歌仙とは、紀貫之が『古今和歌集』の序文に、近ごろ有名な歌人として挙げた6人の歌人です。
(ただし、貫之は「歌仙」という言葉は使っていません。後からつけられました。)
僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大友黒主 の6人です。
有名な歌は
僧正遍昭:天津風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
在原業平:千早ぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは
文屋康秀:吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ
喜撰法師:我が庵は 都のたつみ しかぞすむ 世を宇治山と 人はいふなり
小野小町:花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに
大友黒主:春雨の 降るは涙か さくら花 散るを惜しまぬ 人しなければ
これを読まと、わかる人はすぐにわかります。
大友黒主だけは、百人一首に選ばれていないのです。
逆に言えば、かつて百人一首をやった人は、その後何年、あるいは何十年離れていても、これを読むだけで、かつての記憶がよみがえるのです。
昭和の時代、布袋小学校では、百人一首が大流行していました。
学級によりますが、よく学級対抗で源平合戦を行いました。
多くは「決まり字」での取り合いです。
かなりのハイレベルでした。
百首暗記は当たり前で、下の句を見れば上の句が、上の句の数文字を見れば下の句が出てくるのです。
小学生時代に暗記したことは、実は脳内に深く染みついています。
忘れたつもりでも、こうした記事などを見るとよみがえるのです。
小倉百人一首は、おそらく不滅です。
小学生のうちに、ふれさせたい日本の文化です。