学校日記

2014.11.25 国語の教科書は捨ててはいけない

公開日
2014/11/25
更新日
2014/11/25

校長室から

11月17日付「みやざき中央新聞」に、見出しのようなタイトルで「社説」が書かれていました。

「捨てるつもりで他の本と一緒に束ねて紐で括ろうとしたとき、その手をちょっと休めてパラパラとめくっていたら、以外と面白くて、しばし読みふけってしまった。」と、冒頭にありました。

このシーンはよくあるシーンです。片付け物をしていたら、「ついつい・・・」といった場面です。しかし、その次にはこうありました。

「かくしてその本は、資源ごみ行き寸前のところで免れ、編集部の書棚の1冊に格上げされた。『その本』とは、息子の中学時代の国語の教科書である」と。
その教科書に載っていた、生物学者である中村桂子さんが書かれた「生き物として生きる」という文章に、レベルの高さを感じたというものです。また、「魯迅の『故郷』、沖縄の首里城の赤瓦を復活させる伴田薫さんの『炎を見ろ』、写真家・星野道夫『アラスカとの出会い』、どれも目をウルウルさせながら読んだ」とありました(※ちなみに、光村図書の中3の教科書です。平成18年から23年の間に使われたものに掲載されています)。

「国語の教科書を読んで泣くなんて考えられないが、きっと『勉強』という枠組みから開放されているからだと思う」と語る編集長の気持ちはよく分かるものでした。

保護者の皆さんは、子供の教科書をじっくりと手にしてご覧になられたことがあるでしょうか。かなり勉強になります。低学年の国語の教科書でも、説明文などは、随分と高度な内容だったりします。さすが、教科書として扱われているだけあるな、と感じます。また、私自身、少し前の国語の教科書に掲載されていた「サーカスのライオン」(東京書籍小3下)などは、涙なしには読めませんでした。さらに、社会や理科の教科書などは「なるほど、そうか」と改めて思える部分があると思います。

意外と奥が深い、子供の教科書。まだご覧になったことがない保護者の方は、ぜひ、手にしてご覧になってはいかがでしょうか。なんのしがらみもない今なら、きっと、おもしろいですよ。