学校日記

令和8年度 江南市小学生平和教育派遣事業の報告会

公開日
2026/09/29
更新日
2026/09/29

校長室より

 本日、「朝のまなび」の時間に「令和8年度 江南市小学生平和教育派遣事業の報告会」を行いました。

 代表児童が応接室からオンラインで全校へ報告しました。


 以下は、報告内容です。


 これから、令和8年度 江南市小学生平和教育派遣事業の報告を始めます。

 わたしは、江南市の小学生代表として8月5日、6日二日間、「平和」について学ぶため広島県へ向かいました。


【平和について】

 みなさんにとって、「平和」とはどんなことだと思いますか。

 どんなときに「平和」だと感じますか。

 自分にとっての「平和」を思い浮かべてみてください。

 「誰にとっても幸せで安全な暮らし」と答える人や「誰もがお互いを認め個性を尊重すること」と答える方もいるでしょう。

 自分は「世界から争いが一切なく、みんなが笑顔で暮らせること」と考えました。

 私が広島で見たり聴いたりしてきたのは、今思い浮かべた「平和」が失われてしまった時の話です。


【広島平和記念公園】

 まず、広島平和記念公園を訪れ、ガイドの楠本さんに公園の中を案内してもらいました。

 平和記念公園は原爆死没者の慰霊(いれい)と世界恒久平和を記念して原爆が落とされた爆心地周辺を整備して作られた公園です。

 平和記念公園はとても静かで、周りの方々が真剣な顔で歩いていました。

 その静けさから、「ここで本当に沢山の人がなくなったんだ」という事実が心にとても伝わりました。


【原爆ドーム】

 平和記念公園には、「原爆ドーム」もあります。

 1945年、今から何気ない夏の朝に突然飛んできた1機の大きな爆撃機がありました。

 空から、小さくて黒い何かが落ちてきたのです。

 次の瞬間「ピカッ」という光。次は「ドーン」という爆風。

 ついに原子爆弾「ピカドン」が爆発したのです。辺りの家はすべて壊れ、一瞬で巻き込まれ亡くなった方たちの死体で溢れ、かろうじて生き延びたとしても放射能によって苦しみ次から次へと亡くなっていったのです。

 こうして広島の地に、人類史上初の原子爆弾が落とされました。

 爆心地から160mの至近距離で被爆した産業奨励館(さんぎょうしょうれいかん)は、真上からの強烈な爆風を受けました。

 そして殆ど(ほとんど)の部分が押し潰されて、木造部分は全焼したのです。

 原爆ドームの建物はなぜ残ったのかは、建物が爆風を真上から受けたことと、鉄筋コンクリート等で作られていたからだということを、説明をきいて分かりました。


【原爆の子の像・折り鶴奉納】

 公園内の原爆の子の像に折り鶴も奉納していきました。

 この原爆の子の像のモデルである佐々木禎子(ささきさだこ)さんは、1943年に生まれ、被爆から10年後、突然白血病と診断され入院しました。

 千羽鶴がお見舞いに贈られてきたことをきっかけに、「生きたい」という願いを込めて折り鶴を折り始めます。

 このことがきっかけに、折り鶴が平和と結びつけて考えられるようになったのです。

 禎子さんは8ヶ月の入院の末、家族が見守る中亡くなりました。

 この平和記念公園には、日本や世界中から集まった数え切れないほどの千羽鶴が、平和を願って捧げ(ささげ)られていました。


 わたしが千羽鶴を奉納したときの思いは、世界から戦争がなくなってほしいという気持ちです。

 わたしたちが思いを込めて折った千羽鶴は、今、広島の地に奉納されています。


【被爆者体験講話】

 被爆者体験講話では田中聰司さんからお話を聴きました。

 田中さんは、1歳5ヶ月の時、爆心地から約900m離れた自宅で被爆したそうです。

 聰司さんによると被爆して肩こりや口内炎などができて入退院を繰り返すとおっしゃってました。


 私は被爆者体験講話を聞くことで戦争の怖さが本当にあったことなんだと強く感じました。

 そして戦争は終わっても苦しみがずっと続くことを知り、二度と同じことを繰り返してはならないと考えました。


【平和記念資料館】

 平和記念資料館は、被爆資料や遺品、証言などを通じて、世界の人々に核兵器の恐怖や非人道性を伝え、「ノー・モアヒロシマ」を訴えています。

 資料館で心に残ったことは、実際原爆が落とされた当時のものが展示されていて当時の方々の生活が伝わりました。

 当時の方々が着ていた衣類や、自転車・当時の写真などが展示されていました。


【平和記念式典】

 8月6日、私たち江南市平和教育派遣団は、「平和記念式典」に参列しました。

 世界各国の代表と一般の参列者で、恒久平和の実現を祈念しました。

 平和記念式典では子ども代表の「被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、記憶を事実として受け止め、平和を世界中の人々と共に創り上げる」という言葉を聞いて記憶を事実として受け止めることが大切だと感じました。


【宮島・厳島神社】

 研修では宮島にも訪れました。

 とても自然豊かで、野生の鹿が山から降りてきています。

 世界遺産に登録されている「厳島神社」の大鳥居ですが、海に埋めてあるのではなく、鳥居の上の部分に空洞があり、そこに丸石が詰められており、鳥居自体の重さ60トンで建っているそうです。

 また、神社全体が海の中に建てられているため、床に隙間をあけて台風や大波にも耐えられるようになっています。

 厳島神社の鳥居は世界最古の木造建築と聞いてとても驚きました。


【研修を通して学んだこと】

 一番感じたことは一刻も早く世界から戦争がなくなり核兵器が廃絶されてほしいということです。

 自分が言っただけで世界が変わることでもないけど、自分たちにできることは、周りの人に今日私が発表したこと、平和の尊さや原爆の恐ろしさを伝えていくことです。

 広島を訪れる意義は実際あの時に起きた出来事を見て感じ平和の尊さを知ることだと思いました。


 

 これで令和8年度、江南市小学生平和教育派遣の発表を終わります。

 ありがとうございました。