学校日記

2015.3.12 あれから4年 その3

公開日
2015/03/12
更新日
2015/03/12

校長室から

昨日(3/11)付の朝日新聞「天声人語」は、人それぞれにドラマがあり、今もなお、それぞれに続いていることを、私たちに教えてくれます。以下は、その本文です。

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 ある所で起きたことを、地名とともに象徴的に表す言葉がある。サッカー界に「ドーハの悲劇」があり、東日本大震災後は「釜石の奇跡」が広まった。岩手県釜石市で小中学生が率先して避難し、ほとんど無事だったことをさす。その陰の悲劇を、今まで知らなかった▼学校にいた児童全員が助かった鵜住居(うのすまい)小で、1人だけ職員室に残った女性事務員がいたと先の本紙で読んだ。犠牲になった女性の夫は、「釜石の奇跡」という称賛を聞く度に、妻の存在が消されるようでつらかったそうだ▼児童の親からの電話に備えて残ったらしい、としか分からない。夫の思いをくんで、市は「釜石の出来事」と表現を変えたという。震災は一人ひとりに、それぞれの形で降りかかった。当たり前のことに、あらためて思いが至る▼あの日から4年。時間の速度も万別だろう。本紙「いま伝えたい『千人の声』」では、被災した人たちの「いま」が点描画をえがく。原発事故で避難したまま、前の小学校の校歌を忘れた子がいた▼失った漁具と船をやっとそろえた漁師さん。Iターンした女性と結婚し、夏には赤ちゃんが生まれる団体職員。農業法人の社長は「復活なんて絶対できない」と思っていたのに、事業を完全復活させた▼歩む速度もまた、人それぞれだ。立ち直る人のいる一方で、いまも惨(さん)に耐えるような心境の方もおられよう。この日を節目にできる人ばかりではあるまいが、ここは少しでも前を向きたい。捧げる鎮魂の祈りとともに。

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「立ち直る人のいる一方で、いまも惨に耐えるような心境の方もおられよう」という最後の一文が印象的です。まだまだ、その歩みは人それぞれであることを改めて思い知らされます。

本校では、昨日・一昨日と2日間のみでしたが、児童会が主催となって、「復興義援金募金活動」を行ってくれました。ねらいは「風化させないこと」というものであり、金額ではなく気持ちで募金活動に参加してもらうことが目的でした。すると、いい意味で、予想を裏切る「約4万円」という高額な募金が集まり、児童の意識の高さに感心しました。
募金額は少ないより、多いにこしたことはありません。まだつらい思いをされている方々に、少しでもお役に立てれば、と思います。

募金は、「日本赤十字社」を通して、被災された地域に寄付されます。古北っ子達の熱い思いに感謝です。