2015.11.19 続・最後だとわかっていたなら
- 公開日
- 2015/11/19
- 更新日
- 2015/11/19
校長室から
11月15日の本校HP「校長室から」の記事に、「最後だとわかっていたなら」の詩の一部を掲載いたしました(参照:2015.11.15 最後だとわかっていたなら)。
すると、以下のようなメールをいただきました。
「ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのか…」
まさに私も先日同じ思いをしました。結婚して今の住まいに越してから、江南市のこと、右も左も分からない私たち夫婦にいろいろと教えてくださり、お世話になっていたお向かいの旦那様が、先日、急逝されました。その前日に玄関でゴミ出しの準備をされていた旦那様の後ろ姿に、私はその日に限って挨拶をしませんでした。バタバタした朝であるのは日常のことなのに、どうしてあの時、普段通りにお声をかけなかったのだろうと後悔してやみません。
「行ってらっしゃい」と家族を送り出すその一瞬、近所の方と挨拶するその一瞬を「今日も無事に…」と願いながら大切にしたいと思います。
今日もホームページに素敵な文章をありがとうございました。
メールを送信いただいた方に、HPへの掲載のお許しを得ようと思い、返信のメールを差し出すと、「大丈夫です」のお返事と共に、「このような後悔をしないようにと、私の文章から感じてくださる方が一人でもいらっしゃれば」というお言葉が添えられていました。
過ぎた時間は戻りません。改めて、私自身も「このような後悔をしないように…」と思わされた次第です。
家族が「行ってきます」と出発して「ただいま」と帰ってくること。ご近所や職場などで、「こんにちは」と元気に顔をあわせること。そんな「当たり前」と思っている日常に感謝をし、「今日も無事で…」と、そんな日が続くことを願いたいものです。
メールを送っていただき、ありがとうございました。